職人今昔
6.古材
一度使用された上に外された木材が古材で、使用されなかったら数百年経っても新材である。ややこしいが事実です。
今は古材がいろいろな方法で使用され、ようやく日の目をみた感じがするが、30年前頃まで古材は威張らず慎ましやかに利用され、それも建物の一部として始めからそこに在った如くである。昔は古材のことを古手とか平八郎とか言い、見える所でそのまま使用しないのが通常であったからです。
古材を再利用する場合、私の店では大変気を遣う。何故ならば新材は少しぐらいの疵は埋めても削っても目立たない方法があるが、古材に新しい疵を付けると修復が大変で、いくら補修を上手にしても新しい疵は直らないのです。取り扱いは赤子を扱うように、取り付け養生にも気を使います。
昔から京町家では使用できる材は、ことごとく利用された。先日、明治の終わりころに建て替えられた大店(四条通り間口8間奥行数十間)の小屋裏を見に上がった時は驚いた。火事で建替えられた建物に数多くの焼けた材が加工され再利用されているではないか。
また、今年2月奈良唐招提寺の、改修計画のある本堂の小屋裏調査でも、今までに江戸と明治の大改修の時古材が再利用され、いろいろ仕口加工がされたまま今も息づいている。今の住宅でどれだけの材料が再利用されているか、われわれ建築に携わる者にとって心苦しいばかりである。私の店でも古材を利用するのが、美しい材や化粧で使用できる材のみで、いかに施主への説得力の足らなさに恥ずかしい限りである。
でも、今では古材が見える場所に利用され、その古材が人々の目に優しく、安らぎを与えるようになった。このことを思うと、時が経ち、古材の良さや、古い時代への郷愁が古材のリユースの道を開いたのかと、複雑な気持ちで一杯です。


