アラキ工務店 京都市右京区:京町家、古民家、大工さんと建てる家

アラキ工務店 株式会社 アラキ工務店

職人今昔

1.大工職人

 私は、今は墨壷を持つ仕事はしなくなって久しいが、大工をしていたころの話にお付き合いいただきたい。

 思い起こせば、十七歳のころから丁稚として大工の親方の家に五年間住み込んだ。その後お礼奉公十ヶ月、ようやく一人前の職人として認められるようになった。とはいっても、まだまだ新米。昼は工務店で働き、夜は専門学校に通う毎日。月に休みが二日しかなく、あっという間に青春時代が過ぎていった。
 われわれ職人の間には「一錐(きり)二鋸(のこ)三鉋(かんな)四鑿(のみ)五釿(ちょうな)六斧(よき)」という言葉が伝わっている。これは、仕事で腕が疲れる順番を表している。それだけ、大工仕事は疲労との戦いで、いかに体力をつけるかが求められていたかが分かるといえよう。

職人随想
濡れ縁 和式

 しかし、システム建材の発達やプレカット技術の向上、そして何より工作機械の高度化で、ほとんどが機械化され、職人の体が楽になったと思う。当然昔より早く仕事が進むはずである。しかし、私が見たところ、今の職人たちは一日の仕事の量を自分で管理することができないからか「機械化したほど能率が上がっていない」ような気がする。老人の僻みかもかもしれないが、今の職人たちは単に労働力を売っているだけであって、プライドを持って技術を売っていないような気がする。
 今、技術を持っている職人は、伝統技術の担い手として、マイスターとして、自分の知識や技をぜひ若い職人に伝えて欲しい。阪神淡路大震災で、多くの貴重な命が失われ、木造建築物の弱さが強調されたが、先人たちが築きあげた仕口で正しく手入れをされてきた住宅はほとんど倒壊しなかった。むしろ、機械に頼ったいいかげんな建売に被害が集中したのに、木造全部がダメのように誤解された。
 私は一大工職人として、心が痛む。

職人随想
『全国商工新聞』H13年7月
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