職人今昔
2.鳶土工
今日の大工は、建設関連業種の内容に自ら手を染め経験をしないために、他業種の苦労や納まり、工事の取合いがスムーズに納まらず苦労が多い。
昔の木造建築の業種の中で鳶土工の場合、一般に手伝いと町場で言われ、足代(足場)架け・基礎工事・土台より下の排水やコンクリート全般、土間のタタキ、手入れと言われる排水升、荒(粗)壁の下地組(地方により左官工事に入る)、それに建て方がある。
基礎工事では、堀方をし、栗石の衝き固めを人力で、特にホッカと言う太丸太の小口切に40角程の木を柄にして一人又は二人で衝き固めることから始め、型枠は30×60の枠に小幅板を打ったもので、バタ角(90角)と控杭で止め、コンクリートは全部現場手練りであった。鉄筋も人力でフックを付けて今と同じような仕上りをしたが、一人前は堀り方巾500、深さ300の場合20間(36mぐらい)、型枠は2人で風窓共で、36m~40mを組立をする。
排水管は今のビニール管でなく、陶菅で継手のセメントモルタルの詰め方一つで水の漏れが左右される。特に勾配が大切で、30分から60分の1をキープすることが大切で上手な鳶土工はモルタル仕事が得意で、土間仕上がりや手入れも、左官よりも上手で綺麗な仕上りだった。壁下地は貫と柄吊竹の位置により下地竹の縄が掛けやすく自分で下地竹を編んでみるとよく分り、鳶の親方に柄吊竹の止める位置で小言を言われた。一人前は柄吊竹入れから下地組を10~13坪(35~40㎡)組み上げ粗土を付けても塗壁がふわふわしなく、中々真似のできないことであった。
足代(足場)も番線でなく、荒縄の90mほどの縄で組み上げ、工事が終わるまで緩むこともなく、括り方も縄を一ひねりをし挟むだけである。
私の若い時代の京都の町家は終戦後の物資の無い時代で、衣食住の、住の部分が遅れ、仕事は古い家の根継ぎや建物全体を持ち上げ、傷んだ個所を補修する、ジャッキアップで柱や梁を持ち上げるといったものが多く、鳶土工さんにお世話になった。この改修方法は現在の私の店で民家再生の仕事で大変役立っている。また、下手な大工より大工仕事も建築のノウハウも確かで、私たちの良き相談相手が鳶土工の皆さんである。



