職人今昔
1.はじめに
木を化粧材として見せる内外装が少ない今日、大工が木の種類、特性やいろいろな材の使用場所、その他大工としての基礎的な事柄をあまりにも知らなすぎる。たとえば、栗材は土台や水廻りの柱や床に、また茶室の場合、行の炉縁に、杉材の白い部分は天井板や塗下地材に、赤見部分は水に強いので、浴室の壁、天井、水屋廻りの腰板など数え上げればキリがないくらい多岐にわたって身につけなければならないことが多い。
先日、本床付の座敷を見学する機会があり、拝見すると立派な床柱と落とし掛けの仕口の納まり、長押しの雛止め仕口、縁側の二重野地のケラバ破風部分の仕舞など、いずれも昔からの伝統的なキマリが守られず、大変残念でしかたがなかった。それは、基本ができなくて仕上げを崩す事は出来上がりがどことなくぎこちなく、納まりがよくないと言われたものだ。
近年、出入口の枠や窓枠などに合成品のビニールシートで仕上げた商品が多く使用されていますが、無垢材で加工した方が良い品が安価で作れるものを、これも乾燥材を工務店が保有しない為に自分の首を自分の手で締め、ますます大工が仕事に手をかけなくなってしまった。昔は、職人達が一人前の大工の一日の仕事量を知り、この床の間何人工、この天井の骨縛りは何人工など、一人工は丸太の仕口が何ヶなど、それ以上工事ができる職人は手が早いと、一人一人が自身と誇りを持って仕事に励んだが、今は、私が見て汗して働く職人がいないと言っても過言ではない。
このまま進めば特殊は技術を持つ少数の大工・工務店が細々と、割高で高額な仕事をするか、国からの助成金で伝統技術として生き残る事になるのではと、心配している次第です。


